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武道理念と道場思想 / 第三章

非日常と、情報革命。

便利さが増すほど、負荷の先にある非日常は遠ざかります。先生一人の正解ではなく、多様な価値観が交わる場所を考えます。

武道の交流会に集まった参加者

負荷と解放の先にあるもの

入門したばかりの初心者が、最初に聞くように勧められる禅道会創始者、小沢代表の講義がある。

運動力学や大脳生理学を、誰でもわかりやすい形にして起承転結でまとめた内容だったそうだ。

入門したての頃、熊谷もその講義を聞いた。

1996年当時、根性論が苦手でサボり気味の熊谷にとっては、理論的で受け入れやすい内容だったのだろう。

「インターネットも普及していない時代ですから、身近でそんな話を聞く事もありませんでした。なので、論理的な事に興味が湧きました。それから先生の話を少しでも聞くために、試合後の飲み会、2次会3次会にもついて行きました。飲み屋ですからとても騒がしくてね、その雑音の中で耳を澄ませて何とか言葉を聞き取ろうとする事が、私にとっての非日常でした」

熊谷は話の中で、よく「非日常」という言葉を使うが、一般的に解釈されるように、単に日常から離れる事を指すのではないらしい。

精神的に散らかった状態(カオス)を、段階的な負荷(ストレス)によって整理していった先でなければ非日常にはならないと、熊谷は定義している。

それがとても重要な事であり、かつては道場や飲み会で体験していたと言う。

続けてこう話す。

「でも、今は道場や飲み会での非日常体験は難しいでしょうね」

時代の転換点となったのは2000年、インターネット時代の幕開けと共に、情報革命が始まったと感じた。

必要な情報をいつでも調べられるようになり、便利な世の中になったが、非日常と情報革命は逆相関だと言うのだ。

熊谷の例え話を紐解くと、音楽を聴く目的を、ただの情報収集ととらえるならばMP3の音域だけで事足りる。

しかしなぜハイレゾが作られたかといえば、人間の耳には聞こえない音域まで再生したほうが、不思議と良い音に感じる、情緒も変わる事が分かったからだ。

ましてレコードは湿度で音まで変わってしまう。

管理も大変、雑音も入るけれど、人間はそこに風情や情緒を感じるという。

そして、何よりもコンサートは、チケットを取り、新幹線を押さえる、といった煩雑なストレスがあり、汗だくになりながら雑踏をかき分けた先、パッと開けた景色、さあ始まるというステージ、その負荷と解放体験にこそ非日常があると言うのだ。

「みんな、どちらが良いかなんて事は分かっていますよね。でも、日常では簡単で便利な方法を選びます。だから音楽はMP3で聞いている人が一番多い。ライブに行く人よりYouTubeで見る人のほうが多いわけです」

あえて非効率な事は日常ではしなくなる、というのは事実であろう。

「世界中の凄い人、それこそスティーブジョブズの伝説のスピーチすらみんなが見聞きできる時代ですから、わざわざ飲み会に通い、聞き取りにくい雑音の中で一人の人間の言葉に耳を澄ませるなんて、今の時代にはやりませんよね」

そして、2007年、iPhoneが登場したことで、スマホの時代になっていった。

指導者が練習風景をSNSにアップする。

YouTubeで技を研究する。

それこそ効率的で門下生の成長を助けるため、決して悪い事では無い。

「私たちがやってた時代、それより前の人たちにとっては、道場へ稽古に行く前から結構なストレスだったんですよ(笑)駐車場の車を見て、痛い先輩が多いと引き返したりね。そうやって心の葛藤、煩悩があって、でも覚悟を決めて道場に入ったら、もう引き返せない。あるのは『押忍』のみ。だからこそ私の定義する非日常空間なのですが、今ならそんな道場に誰も来ません(笑)」

スパーリングにおいても入門したばかりの白帯に対して、すぐにK.O.してしまうような昔ながらの道場には、もはや人は集まらないだろう。

それどころか、クチコミなどでどうとでも広がってしまう。

自然と、できるだけ楽しく、日常の延長としてストレスの少ない稽古内容に傾いてしまう。

手厚いサービス業になっていってしまう。

熊谷の言うように、運営を成り立たせつつ、道場や飲み会での非日常体験が難しくなる「逆相関」という言葉は、一定の説得力を持っているように聞こえた。

「今は今の良さも楽しさもあるはずですから、その時代の中でこそ生きるモノが必要だと思うんです」

現代に合わせた武道の在り方、非日常体験をどのように構築していくのか、という事を常に考えるようになったという。

武道の拡散型自律組織構想

「私たちの頃は、情報がありませんから、先に生きる者、つまりは先生と呼ばれる人達から学ぶ以外の選択肢がありませんでした。今は多くの人から様々な情報を共有できます。どこでも調べる事ができます。だから、先生一人の経験則がすべてに通じるわけでは無く、提供できる事は一情報にしか過ぎません。それを受け入れて一緒に学んでいく時代になりました」

情報化社会では、先生に価値があるのではなく、場所に価値を見出していくべきではないか、そんなことを考え始めたのは、2014年。

熊谷が禅道会で唯一の師範に昇段した頃の事である。

もっと多様な目標を持った人たちが集まれる場所を作れないだろうか、と思考し始めた。

極論を言えば、武道は一つの価値、一つの情報でしかないと割り切って、他の価値観も受け入れ易い場を作り始めたのだ。

「空手の一流派に長く居ると、そこの価値観、流派を興した先生の価値観てのが第一になってきてしまうように感じていて、無意識に正解・不正解が出来てしまう事が窮屈になってきました。押忍の押し売りというか(笑)儒教的な良い部分もありますが、時代に合っていない部分も多いと感じ始めたのがその頃です」

そこで熊谷は、道場の中に柔術の先生を招き、新しい部門を立ち上げた。

現在では総合格闘技のジムや道場で複数の技術を学ぶことは珍しくない。しかし当時の禅道会では、他の技術を取り入れることはほとんどなかったという。

実際に始めてみると、柔術には独特の空気があった。参加者は和気あいあいと技を試し、「その技はどうやっているの?」と気軽に尋ね合っていた。

上下関係や、強い弱い、正しい間違いよりも、まず技を試してみたいという姿勢に、熊谷は新しい可能性を感じた。

さらに熊谷は、道場にトレーニングジムを併設した。

「ジムの会員さんが空手や柔術に興味を持つことがあります。逆に空手の人が、真剣に身体を鍛える人たちを見て驚く。違う取り組みが相互に影響し合える場所があるといいと思ったんです」

一つの流派や一人の先生を中心にするのではなく、同じ方向を向く複数の活動が緩やかにつながり、取り組む人の利益になる場所を目指したのである。

熊谷にとって、他の価値観を否定して自分たちの正しさを守ることは、視野を狭くする行為だった。武道、柔術、筋力トレーニング。それぞれの知見が混ざることで、見えるものは増えていく。

先生個人の人気や権威に人が集まる形ではなく、多様な価値観が集まれる場所そのものに価値を持たせる。それが熊谷の考える、これからの道場の形だった。

取材時の2023年では、空手、柔術、トレーニングジムを併設すること自体は、普通のことのように感じる。しかし、熊谷が浜松市で道場を立ち上げたのは2004年である。当時、その発想で運営していた道場は、禅道会にはなかったのだ。

武道理念と道場思想に掲載された一場面